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第160回 設計部門BOM改善コンサルの現場から~その89~中小中堅製造業のM&A(Mergers&Acquisitions 吸収・合併)と考え方(1)
中小中堅製造業の事業承継問題は、相変わらず製造業ニッポンの行く末を揺るがす課題として横たわっています。その解決策としてM&Aという手段を選ぶ機会が増えています。しかし、この異文化合併のマネジメントに手を焼く経営層が多く、おのずと相談案件も増えているのが実情です。M&Aへのアプローチとして、必須かつ基本的な考え方を2回に分けて述べます。
設計部門BOM改善コンサルの現場から~その89~中小中堅製造業のM&A(Mergers&Acquisitions 吸収・合併)と考え方(1)
花粉到来の季節です。毎年花粉症で難儀をします。しかし、スマドリ派になってのメリットを思わぬところで享受。昨年までの主な症状は鼻づまりだったのですが、症状が軽くなりました。主治医に言わせると「アルコールによる血管拡張がおさえられるから」だそうです。「なるほど……」。スマドリ派初花粉ですので来年も症状が軽ければ本物です。
それまで、スマドリ派に転身したことへのご褒美だと思っていましょう。
M&Aのもくろみとは……
中小中堅製造業、つまり企業として最も重要な使命である「継続」を阻む問題が「事業承継問題」です。具体的な事象・原因は省いたとしても、要は「経営責任を承継できない」という企業として危機的状況です。そこで、この問題解消の一手段としてM&Aという行為・手段が注目されています。
事業承継問題が主因のM&Aの場合、対等な吸収合併はほとんど考えられません。つまり、吸収する側と吸収される側、もっと率直に言えば「買う側」と「買われる側」という立場に分かれることなります。この両者の間には「三途(さんず)の川」と私が呼んでいる劇的な立場の違いが存在して、それはニコニコ笑顔で述べることさえ憚(はばか)られる厳しい違いです。
中小中堅製造業には実際にM&Aを何度も体験した経営層は少なく、おのずと間を取り持つコーディネーター的な媒介役が存在することになります。そのコーディネーターがうまく三途の川の橋渡しをしてくれたとしても、M&Aとしての苦難は橋を渡ってから始まるのです(コーディネーターの腕次第という側面もありますが……)。
今回、スポットライトを当てたいテーマは「M&A契約完了後の合併作業に関する問題」です。M&Aの難しさはこの合併作業に集約されているといっても過言ではないからです。
私の友人(米国人)で腕利きのM&Aコンサルタントがいますが、彼いわくM&Aの肝、つまり核心は「Buy them, Kill them」と言い放ちます。日本語にすると「買って、殺す」となり、いささか物騒な感覚ですが、Buy側とKillされる側との間に先述した「三途の川」が存在すると私が思う理由がここにあるといえるでしょう。
直近で世間を騒がせていたホンダと日産との合弁劇のドタバタを見ていると、まさにこのポイント、つまり、どちらがBuy側になるか(=どちらがKillされる側か)の摩擦熱でご破算になったわけです。その意味で、私も「Buy them, Kill them」という言葉を再認識させられました。
私自身も何度かM&Aを実行した経験から、関わる経営層は「厳しいマネジメント環境にさらされる覚悟は必要」と断言します。その理由は下記に挙げるM&Aの本質が存在するからです。
端的にM&Aのもくろみを述べると大別して2通りです。
- 将来のコンペティター(商売敵)に成長しないうちに芽を摘んでしまう
- 自社にないノウハウ(人材)や新規テクノロジーを入手する=時間を買う(承継問題解消策としての選択)
従って、思い切り視点を振ると「会社を育てて(=ノウハウをためて)、あえて(高く)売る」という行為も一つのビジネスの形態としては存在してもおかしくないわけです。特に欧米系の経営層にはこの志向が強いと思いますし、現実として受け止める必要はあるでしょう。
余談になりますが、このように自社をM&Aによって高値で売り抜ける経営者を「パラシュート経営者」と呼びます。高度上空の飛行機(会社)から自分だけパラシュートで飛び降り、目的を達成するという表現です。
会社に対する愛着は? 社員に対する思いは? 責任は? 等々「人として……」との思いもありますが、一つのビジネス形態として割り切れば「なるほど」ということでしょう。トランプ大統領で有名になった「ディール(Deal)」と呼ばれる範囲です。総じて、M&Aという行為には少なからずこのような側面が存在するということを頭の片隅に入れておいてください。
私自身のM&A実体験を本コラムに述べる機会があれば、その時にもっと詳細にその内実を記してみたいと思いますが、今回は限られた文字数でM&Aを表現しましたので、いささか過激に感じられた方もいるかもしれません。しかし、逆に言えば承継問題の解として、「安易にM&Aという手段を選択することへの躊躇(ちゅうちょ)は大切である」との考えからの表現なのだと理解してもらえればコラムの目的が達せられると思います。
M&Aに関わる経営層にはM&A後のマネジメント・プランの確立が必須
M&Aをする側は前述した1項、2項のどちらのもくろみにしてもM&A後のあるべき姿を経営層で共有して、必要なリソースの準備はもとより前回のコラムで述べた「中期経営計画」として、経営的戦略の策定が必須です。
- 中小中堅製造業の事業承継に係るM&Aで、事を荒立てるようなドライな(?)コンセプト(上記もくろみ)を持ち込むのはいかがなものか? 特に中小製造業はオーナー社長と会社とは心身一体としての思いがあるはず。
- ものつくりニッポンを支えてきた中小中堅製造業に欧米的なM&Aの志向は不向きではないのか?
等々の意見もあるでしょう。しかし、その意見(思い)の延長線上には「合併不全」という望まない結果が待っていると考えています。
いずれにしてもM&Aをされる側には相応の覚悟が求められます。社長として「どんなに会社や社員に思いがあっても、承継できずにこのような結果を招いた原因が全てである」という自責をしっかり受け止めなければなりません。そういう意味での覚悟なのです。
さらにもっと厳しい言い方をすれば、「M&Aをされる側の社員に雇用継続の保証はない」ということです。「Buy them, Kill them」というもくろみの本質を片時も忘れてほしくないと思います。
一方、M&Aをする側には、自社と異なる会社を買収するという行為は「異文化を受け入れ、自社文化に馴染(なじ)ませて結果、シナジー効果を得る」という異なる覚悟と対応策が求められます。目的達成のために多額の資金を使い、のれん代も含めてB/S(バランスシート)に計上するわけですから、相応の結果が求められます。
M&Aをする側、される側の経営層のマネジメント・プランはいずれも大切なのですが、特にM&Aをする側の経営層にはBefore / Afterとして、経営数字のコントラストが求められます。Afterのあるべき姿を経営層がしっかり共有して、中期経営計画をベースにマネジメントしながら進捗(しんちょく)させる知恵と工夫が求められるわけです。「M&Aをしてから考えよう」では、良い結果にはつながらないということです。
では、合併不全という最悪の結果を招かないために、どのようなマネジメント・プランが必要なのか? 次回では、私に相談があった事例を紹介しながら、具体的に考えていきたいと思います。相談があったということは「合併不全を起こしていた事例である」ということは容易に想像してもらえると思います。
次回に続けましょう。
以上
次回は5月2日(金)の更新予定です。
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